×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。




    [ 雑感 ]
                      

利益と不利益

 ここのところ、トップセールスということで、首相が原発を他国に売り込むというニュースを良く耳にする。いまだ、事故が起こった原発に入れず、原子炉がどのような状態なのかすら正確に判明していない状況で、「何をもって安全というのだろう?」と感じる人は少なくないだろう。
 ずっと昔、広瀬隆氏の「危険な話」という本を読んだ。あまりに恐ろしい内容だったので、その時はなんとなく「自分の身近では起こらないだろう…」と自分を納得させたが、二度と本を開くことは出来なかった。それは、私が原発から半径20Km〜30Km圏内に住んでおり、本の内容が現実に起こったとしたら、とてつもない被害を受けることになるだろうと予測できたからだった。
それから、何十年もたって、本当に原発事故が起こってしまった。私の亡父は、電力会社に勤めていた。昭和4年生まれの父は、小学校を出た後、志願して軍隊に入り、終戦後若くから会社に勤めたらしい。父は、電線の保全などの現場作業が仕事であったが、原発という新しい技術を誇りに思っていたのか、「もし地震がきても原発に逃げればいい。どこより地震に対して安全に作ってあるから」と話していた。
しかし、福島の事故は起こってしまった。私の住んでいる地域は、何年も前から地震が起こるといわれているため、地震に備えて地盤や耐震性を考えて家を建てた。地震なら自分の努力で被害を抑えることは出来るが、原発事故が起こってしまったら、自分ではどうしようもできないという現実を目の当たりにし、大きな衝撃を受けた。
 チェルノブイリの事故の時、私はどんなに役にたつとしても、原発は、今の段階では人の手に余るものであり、今の人間の力で扱ってはいけないと思った。福島の事故が起こった時、やっぱりそれは思い違いではないと強く感じた。
しかし、事故後、よく原発の立地している市の住民のインタビューで、「原発を無くすと明日の生活にも困る。無くしては困る」という意見を言っている人がいた。また、原発が身近にない人にとっても、電力不足や電気料金が上がることを心配する人も多かった。
その時は「この期におよんで目先の利益だけを考えて、まだそんな事を言っているのか…」と批判的に思ったが、ふと、私自身も自分自身が事故によって受けであろう不利益を想像して、原発の是非を考えていているかも。それはもしかしたら原発の恩恵を受け、原発が必要と考える人と変わりはないのかも。と思った。

一つの事柄について、利益が対立することは多い。公共事業にかかわる事が多いと思うが、諫早湾の問題はそれを強く感じる。諫早湾の門を閉め時が経てしまった今、閉めた事によって利益を得る人と、閉めた事によって不利益になってしまった人の、利益が対立している。原発も同じで、原発があることで利益を得ている人と、原発が無い方が利益を得る人がいる。私自身は原発を無くした方が思っていて、それが正しい方向だと思っているが、「切実に明日の生活も出来なくなってしまう」という人に対し、どう答えたらいいのだろうか?と考えてしまう事もある。

そのように利益が対立している場合、なにを基準に是非を判断したらいいのだろうか?人々の生活?自然に与える影響?国の経済?健康?何なんだろう…。

今沖縄の基地が大きな問題になっているが、原発の問題と沖縄基地の問題には一部共通点があるな。と思った。「沖縄に基地が多いことは問題だと思うが、防衛のためには基地は必要だ」という人がいる。私も「基地は危ないが、基地のおかげで生活出来ている人もいるんじゃないのかな?」と思ったりした。
原発だって、もし近くになければ、「原発がなければ電気が不足してしまうし、日本の経済に影響があたえてしまうし、原発は危ないが、原発によって地域の人は恩恵を受けているし…」そう思うかもしれない。もし、自分もここに住んでいなかったらそう思ったかもしれない。
原発の事を考えるようになってから、沖縄の基地問題について自分がまったく他人事としか捉えていなかったのだと実感した。以前は、現実問題、基地の県外移設は難しいのではないかと思うところもあった。しかし、今は、まず本当に日本に基地が必要なのかどうか議論を尽くし、もし、仮に基地が必要という結論になれば、それは日本のすべての地域で引き受けるべきであると思う。「欲しいけど自分の近くにはいらない」というのは違っている。もし本当に欲しいなら近くにあるのはしかたがないと思う。だからこそ、本当に必要なのか、必要ではないのかという議論を、し尽くさなければならい思う。事を始めてしまう前、その事によって利益対立が生じてしまう前に、真摯に是非を考えるのが一番いいが、もし事が始まってしまってからでも、誤っているとわかった段階でやめてしまう勇気も必要だと思う。
問題を考えるとき、そして目先の利益、自分の世代の利益だけに、人間だけの利益に捉われず、大きな視点で是非を判断しなければならない。
しかし、まずは、その問題に対し、他人事ではなく、自分の問題として、身近に寄り添って考えることが大事なのだと思う。

中山 里江子