ばあちゃん列車

 

俺は赤字ローカル鉄道の運転士だ。本当は新幹線とかの運転士が良かったが鉄道は大好きだったが勉強はあんまりだったので、高校を卒業して、地元の鉄道会社に就職した。

この鉄道は、JRの駅から駅を大きく迂回してつないでいる。ひなびた…いや、のどかな山里を通り、大きな湖の湖畔沿いを走る。結構観光資源もありそうなのだが、史跡や名所が駅から遠かったり、点々としていたりして、これといった目玉が無い鉄道である。

一両きりの車両がゴトゴト走るこの鉄道も、それを毎日運転する俺も、ちょっと「残念」という感じである。

朝晩こそ、学生や通勤客でにぎわうものの、昼間は本当にのんびりしたものである。まあ、片道の列車が1時間に1本しかないのだから、普通なら車を利用するだろう。ということで、昼間の車内は、年配の客ばっかりだ。おまけに、会社が高齢者用の年間パスなんかを発売したので一層だ。運転士は子供の頃からの夢とはいえ、毎日、じいちゃん、ばあちゃんばかりの現実に、少々うんざりした気分なのだ。

 

病院に通うらしき客、買い物にいくらしき客など、乗客はほとんど同じ顔ぶれだが、その中に、2日おきくらいに、おんなじ時間の列車に乗車するばあちゃんがいる。

ばあちゃんは、少し足が悪いのか、毎回、カートを引いて乗ってくる。カートの名称はわからないが、荷物もいれられ、疲れた時は座ることも出来る、歩くのにはとても便利かもしれないが、決められた時間通りに運行しなければいけない運転士にとっては、ちょっとやっかいなアレだ。

ばあちゃんは、2つ先の駅に通っている。その駅は、駅の側に小規模なスーパーや、商店、銀行があり、また、ちょっと歩けば病院もありで、この鉄道の沿線では珍しく駅の周辺がにぎわっている。といっても、そのどこにいくにも数分は歩かなければならないのだけど。今の時代、宅配サービスとかもあるし、ばあちゃんもわざわざ買い物なんかに行かず家でのんびりしていればいいのに。常々俺はそう思っていた。

 

列車はもちろんワンマンカーで車掌はいないが、ばあちゃんが通う駅には、駅員がいる。(と、わざわざいうのは殆どが無人駅だからだ)

駅員といっても、鉄道会社を引退した人が嘱託で駅員をしている。さすがに田舎の鉄道だけあって、乗客とも顔見知りになっていて、あのばあちゃんのカートの上げ下ろしを駅員が手伝っている光景を時々見かける。

 

ある会社の宴会の時、その駅員の鈴木さんが、オレの隣の席になった。いろんな話をしていると、例の買い物ばあちゃんの話が出てきた。

「ほら、あのカートのおばあちゃん、なんであんなに買い物に行くのか、不思議なんですよ。」

俺は鈴木さんに聞いてみた。

「ああ、高木さんね。」

(さすが鈴木さん。ばあちゃんの名前まで知っている!)

「高木さんは、買い物をするのが楽しみなんだってさ。買い物がてら運動にもなるし、しょっちゅう通っていれば、私みたいな知り合いも出来るだろ?高木さんは一人暮らしだから、そういう人達と道々話をするのも楽しいって言ってたよ。だけどさ、昔は、もっといろんな駅の側に店があって、それなりに買い物ができたのに、いまじゃ、大型店ができちゃって、車がなきゃ買い物にもいけないだろ?その方が儲かるんだろうけどさ、高木さんみたいに、車に乗れない人には、本当に不便になっちゃって、本当に、そういう世の中でいいのか?って時々思うよ」

鈴木さんは優しい上に、とても真面目な人なんだ。今まで俺は、鈴木さんには呑気に仕事が出来ていいなと思っていたし、ばあちゃんには呑気に買い物出来ていいなと思っていた。だけど、鈴木さんの話を聞いて、それだけじゃないんだなって反省だ。

 

その日は風が吹いてとても寒かった。いつもの駅から、高木ばあちゃんが乗って来た。と思ったら、高木ばあちゃんの友達らしき、ばあちゃん達(達!?)が次々に乗り込んできた。

総勢、6人のばあちゃんだ!ばあちゃんたちは、向かい合ったボックスシートを2つ陣取り、ワイワイ言いながら座った。

その日、高木ばあちゃんは、いつも降りる駅でおりなかった。いつも高木ばあちゃんが降りる駅を過ぎると、乗り降りする乗客はグッと減る。いつしか列車は、ばあちゃん達、専用になってしまった。乗客がいなくなると、ばあちゃんたちは、ますますリラックスし、まるで、誰かの家に遊びに来ているようだ。運転をしているので、ばあちゃん達の様子をじっくり観察することは出来ないが、空き空きになった列車の中で、ばあちゃん達は好き好きに席に座り、話したり笑ったりしているようだ。

ガサガサとプラスチックの袋を開く音が聞こえるので、皆でお菓子でもつまんでいるのだろう。

 

列車は山里から湖畔へと進んでいった。外はよく晴れていて、湖面をキラキラと照らしていた。ばあちゃんたちの遠足は楽しそうに続いている。時々、話声や笑い声が聞こえてくる。上品とはちょっと言えない笑い声だが、心から楽しんでいるような様子だ。

列車が進む先、線路のわきの道に、おじいさんと手をつないだ子供が小さく見えた。天気のいい日に時々見かける子供だ。子供ってなんでだろう?って思うけど、その子も例外なく、列車に向かって一生懸命手を振ってくる。そして、今日も一生懸命手を振っている。

その時、急に、きゃあきゃあと車内が賑やかくなった。子供に気がついたばあちゃん達が、きっと子供がいる方の窓際にかたまって、子供に手を振り返したのだろう。最近じゃ、みんな忙しいのか子供に手を振り返す乗客は少ない。手を振る子供と、その子に手を振り返すばあちゃん達。子供はきっと喜んだだろうな。見てはいないけど、その光景を想像すると、なんとなく懐かしく心が温かくなる気がした。

寒い冬の日、ガタンガタンと走る音も心地よく、小さな列車の車内はポカポカで、俺はふんわり平和な空気に包まれていた。

終点まで来るとばあちゃん達はぞろぞろと列車を降りて行った。ばあちゃん達は、お互いに気を配りながら、列車を降りて行った。

 

俺はそれから、普段通りの仕事に戻って、ばあちゃん達のこともすっかり忘れていた。

夕方近くなって、始発駅からの列車を運転するために電車に乗ると、なんと、あのばあちゃん達が、6人揃ってちょっこり座席に座っていた。

「あれ、さっきの運転士さん?」一人のばあちゃんが話しかけてきた。

「今日は、終点まで行ってみんなで昼ごはんを食べたんだけど、なんか、そのまま、帰るのが惜しくなっちゃって、またひっくり返して始発まできて、喫茶店でアイスクリーム食べて来たよ。すっかりこんな時間になっちゃったねぇ。だけど、家じゃ暖房代もかかるし、列車にのればあったかくて得するねぇ。」

その言い方がおもしろかったのか、楽しい気分の余韻なのか、ばあちゃん達は一斉に笑いだした。

 

定刻になり、列車を発車させた。始発駅からだけあって、それなりの混みようだったので、ばあちゃん達の声はもう聞こえてこなかった。

そうして、ばあちゃん達が、今日列車に乗りこんだ駅についた。

「今日は一日楽しませてもらったよ。ありがとうね」6人のばあちゃん達は、口々にお礼を言いながら列車を降りていった。

列車を降りた後の、ばあちゃん達の生活がどんなものか、俺にはわからない。きっと、俺なんかにはわからない悩みや不安もあるんだろう。でも、そんな中でも、ばあちゃん達は、前向きに一生懸命生活していくんだろうな。

 

「また、顔をみせに列車に乗りにきてくれよな」俺は心の中でそうつぶやいた。

 

 

昨年亡くなった母を偲んで… 静岡県 中山里江子